丸山歯科医院

【丸山歯科医院】菊川駅から2分|墨田区・江東区の歯科医院

都営新宿線 菊川駅A3出口から徒歩3分

〒130-0024 東京都墨田区菊川3-16-13

4月~7月は大学講義のため水曜日は休診し土曜日に診療しております

鬼平・遠山の金さん屋敷跡

モニュメント

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 診療室入口には、鬼平・遠山の金さん屋敷跡であることを示すモニュメントが建てられております。
モニュメントに書かれている内容は、以下のとおりです。

 この一帯は江戸時代に火付盗賊改役・長谷川平蔵や、江戸町奉行・遠山左衛門尉景元(遠山金四郎)が暮らしていた屋敷跡です。
長谷川家は家禄四百石の旗本でした。平蔵宣以は十九歳の明和元年(1764年)、父・宣雄の屋敷替えにより、築地から本所三ツ目通り菊川の千二百坪余りの屋敷へ移りました。
宣以は火付盗賊改役として、通常二~三年の任期のところ、没するまで八年にわたり在職し、多くの盗賊逮捕に実績を残しました。その活躍は、池波正太郎の『鬼平犯科帳』にも描かれ、その情景を彷彿とさせます。
また、職業訓練による社会復帰を目的とした石川島の人足寄場(にんそくよせば)を提案し、実現させました。寛政七年(1795年)、病のため五十歳で本所の屋敷にて生涯を閉じました。

 その後、弘化三年(1846年)、四代目平蔵の屋敷替えにより、この地は江戸町奉行・遠山左衛門尉景元(遠山金四郎)の下屋敷となりました。
遠山金四郎は天保十一年(1840年)に江戸北町奉行に任命され、天保十四年(1843年)に一度罷免されましたが、老中・水野忠邦の失脚後、弘化二年(1845年)三月に再び南町奉行として任命されました。
その後、名奉行として高い評価を得て、「遠山の金さん」として浪曲や講談にも登場するほど、人々に親しまれる存在となりました。
また、天保の改革で弾圧を受けた歌舞伎を浅草猿若町で再興したことも、金四郎の尽力によるものと伝えられています。

この地は、江戸の町人文化や感覚に寄り添いながら、治安の維持に貢献した二人のゆかりの土地です。

当医院にも、『遠山の金さん』が現れたとか……?

当医院前のモニュメントは、平塚市在住の洋画家・平野杏子さんに無償でデザインしていただいた作品です。
平野さんの作品の一部をご紹介いたします。

静寂 - 平塚市美術館蔵

磨崖仏賛Ⅲ - 平塚市美術館蔵

静寂 - 平塚市美術館蔵

磨崖仏賛Ⅲ - 平塚市美術館蔵